大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大分地方裁判所 昭和48年(ワ)651号 判決 1976年3月16日

原告 大分県

右代表者知事 立木勝

右訴訟代理人弁護士 安部萬年

右復代理人弁護士 安東五石

被告 原口利郎

右訴訟代理人弁護士 加来義正

主文

被告は原告に対し金五九万七、四二二円およびこれに対する昭和四七年七月二五日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その一を被告の、その余を原告の、各負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1  被告は原告に対し金一一九万四、八四三円およびこれに対する昭和四七年七月二五日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二、請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一、請求原因

1  訴外浅野智重(当時八才)は、昭和四五年三月二一日午前一〇時頃、自転車に乗り大分県道別府院内線上を別府より鉄輪方面に向けて進行中、別府市大畑一組被告方前付近において、右道路左側の溝(以下本件溝という)から立ち昇る湯気に視界を妨げられてハンドルをとられ右の溝に転落する事故に遭遇した。

当時被告は自己の温泉源から自噴する摂氏八〇度の熱湯を右の溝に流出させており、この湯気も右の熱湯により発生したものである。

この結果右訴外人は、腹部、臀部、右大腿、下腿部に火傷を負い、同日より同年三月二七日まで入院、同年五月三〇日まで通院して治療を受けたが、右大腿、下腿部に治療不能の大きな瘢痕を残すことになった。

2  原告県は右事故の損害賠償金として、大分地方裁判所昭和四五年(ワ)第六二四号損害賠償請求事件(原告浅野智重、同浅野信夫、被告大分県)の判決にもとづき、昭和四七年七月二四日右浅野智重に対し金一一〇万七、九一七円、浅野信夫に対し金八万六、九二六円を支払った。

右判決は原告県に対し国家賠償法第二条第一項により前記道路についての原告県の管理瑕疵責任を認定して①浅野智重に対し慰藉料九〇万円とこれに対する昭和四五年一一月一日以降完済までの年五分の割合による損害金および弁護士報酬金一三万円の支払②浅野信夫に対し浅野智重のために支出した治療費三万六、四二四円、付添料五万四、〇〇〇円の合計金九万〇、四二四円の内金八万円とこれに対する昭和四五年一一月一日以降完済までの年五分の割合による損害金の支払をそれぞれ命じたものである。

3  前記事故は、昭和四四年一一月頃被告が自己の温泉源で温泉ボーリングを行ったところ、多量の熱湯が噴出したため、これを本件溝に流出させた結果発生した。右流出については被告に左記の故意に近い過失があり、前記被害者の損害につきその責任を免れない。

イ 被告は過去に数度のボーリングをし、その際多量の熱湯が出噴した経験を有していたのであるから、本件ボーリングをするにあたっては事前に熱湯の安全な処理方法を準備しておくべきであったのにこれを怠った。

ロ また熱湯の自噴が予想外の事故であったとしても、早急に処置をとるか、噴出を止めることにより事故を防止することが可能であったのにこれを怠った。

ハ 被告は昭和四四年一二月一六日、別府土木事務所道路管理者より右熱湯の本件溝への流出を止めるよう通告を受けながらこれに従わず、漫然熱湯を本件溝に流出させ続けた。

4  よって原告は、国家賠償法第二条第二項所定の求償権の行使として、被告に対し前記浅野智重、同信夫に支払った賠償金合計金一一九万四、八四三円およびこれに対する原告の支払日の翌日たる昭和四七年七月二五日から支払いずみまで民法所定年五分の割合による損害金を支払うことを求める。

二、請求原因に対する答弁

1  第1項は、訴外浅野智重が昭和四五年三月二一日本件道路を自転車で進行中、本件溝に転落してそこを流れていた熱湯で火傷を負ったことは認めるが、その余は知らない。

2  第2項は、大分地方裁判所が原告の主張する内容の判決をなしたことは認め、その余は不知。

3  第3項は、被告方温泉源から自噴する熱湯を本件溝に通している下水に排出しているうち本件事故が発生したことは認めるが、その余は争う。

三、抗弁

1  仮りに被告に原告県の求償に応ずべき責任原因があったとしても、原、被告間の本件賠償金の負担割合は各自の過失の割合により決すべきところ、被告が前記温泉源から噴出する熱湯を本件溝に通じる下水に流すことを止めるのは困難な状況にあったのに較べ、原告が被告に対し本件溝中に熱湯を誘導するパイプ管を仮に敷設することを認め、あるいは簡単な蓋を本件溝にかぶせる等して事故の発生を未然に防止することは極めて容易であったのにこれを怠ったのであるから、原告県の過失は被告のそれに比しはるかに大である。

2  本件事故に関し、昭和四六年一〇月一三日被告と訴外浅野信夫、同浅野ウメ子との間に和解が成立し、被告は右和解において支払を約した損害賠償金五五万円全額を完済したから、右以上に責任を負うことはない。

四、抗弁に対する認否

1  第1項は争う。本件事故が発生した道路は巾員も十分であり、事故地点付近の見通しは良好であった。それゆえ本件溝にそってガードレール、蓋等の転落防止施設を設置する必要はなく、道路そのものに構造上の瑕疵はなかったものである。

2  第二項中、被告が訴外浅野信夫、同浅野ウメ子に金五五万円を支払ったことは認めるが、その余は否認する。

第三証拠関係≪省略≫

理由

一  請求原因1のとおり、被告が自己の温泉源より自噴する熱湯を本件溝に流出させていた際、訴外浅野智重が本件溝に転落して火傷を負う事故が発生し、右事故に関し、原告県に対して請求原因2記載の損害賠償を命ずる判決があったことは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば、事故発生時の状況、浅野智重の受傷の程度が請求原因1記載のとおりであったこと、≪証拠省略≫によれば、原告は昭和四七年二月四日右判決の命じたとおり右浅野智重に対し金一一〇万七、九一七円、その父の浅野信夫に対し金八万六、九二六円をそれぞれ支払ったことが認められる。

二  そこで右事故にかかる被告の不法行為の成否ならびに双方の責任分担の必要性につき検討するに、≪証拠省略≫を総合すると以下の事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫

1  被告は昭和四二年三月に初めて自己の温泉のボーリングを行い、その際熱湯が激しく噴出して処置に窮したが、そのときは約一〇日間で熱湯の自噴は止った。

2  被告は右温泉の噴出力が弱まったので、昭和四四年一一月下旬頃、業者に委託して再度そのボーリングを行ったところ、またも激しく熱湯が噴出して止まらないので、これを本件溝に通じる下水溝に流出させ、本件溝に摂氏約八〇度の熱湯が流れる危険な状態を昭和四五年三月二六日頃まで継続して発生させた。

3  被告の妻原口晃は、昭和四四年一二月一六日、別府土木事務所に、右熱湯の処置について相談し、本件溝(当時は巾三〇センチメートル、深さ五〇センチメートルの素堀の溝であった)に被告の費用で熱湯を通すパイプを設置するか、あるいは蓋をかぶせることの許可を求めた。

4  右土木事務所の職員で道路管理者であった訴外姫野嘉之は、右の相談に対し即日本件溝の状況を見分したうえ、別に具体的な処置方法を指示することなく、被告に対し本件溝への熱湯の流出、溝中に誘導パイプを設置すること、溝に蓋をすることはいずれも禁止する旨回答するにとどまった。

5  被告は昭和四五年二月頃までに被告方泉源より付近の用水路まで地下にパイプを設置して熱湯を処理する手続をととのえ、その工事を業者に依頼していたが、着工が遅れるうち本件事故が発生した。

6  被告が前記熱湯の自噴を止めることは泉源に水を注入するかあるいは泉源を閉塞するなどの方法により可能であったのに、事故発生までこれらの措置をとらず、そのまま約四ヶ月間本件溝へ熱湯を流し続けた。

7  本件事故の直後、別府土木事務所は被告に対し、仮に本件溝に熱湯を誘導するためのパイプを設置することを命じ、被告がただちに右パイプを設置したので危険な状態が除去されたが、さらにその頃本件溝の本件事故地点から北側にあたるやはり熱湯の流れていた部分に別府土木事務所により木製の簡単な蓋が設けられた。

以上の事実関係の下でまず被告の過失責任について考えてみるのに、道路脇の溝に熱湯を流して通行人に対し危険な状態を作出する行為は「道路の構造または交通に支障を及ぼす虞のある行為」を禁止した道路法第四三条の規定に照らし違法行為であることは疑いないのであるから、本件のように温泉のボーリングにより熱湯が激しく自噴して当該工事施行者の管理する土地内で処分することが困難となったときは、他に危険を及ぼさない方法でこれを外部に排出するか、またもし安全な処理方法を講ずることが不可能ならば、温泉源を閉塞して熱湯の噴出を止め、少くとも公共の道路の側溝に相当の長期間にわたり熱湯を流し続けることは避けるべき義務があったものと認めるのが相当である。

しかるに前認定のとおり、被告は温泉のボーリングを行うに際して過去にも同様の経験があるのに熱湯の急激な自噴に対する準備をしないまま本件ボーリング工事をなし、噴出した熱湯の処置に窮してこれを本件溝に排出したのであって、この行為が右の義務に違反していることは明らかである。しかも被告は、このようにそれ自体過失ある行為で前記の危険な状態を招来しながら、事故発生前に十分可能であった熱湯の自噴を止めるなどの事故防止措置をとらず、三ヶ月余の長期にわたり右熱湯を本件溝に流し続けたのであり、本件事故の如きは当然予期しえたものと考えられるから、訴外浅野智重の前記受傷の結果につき、被告は不法行為責任を免れないと解するのが相当である。

ところで前記4のように原告県土木事務所係員は、被告から前記熱湯の処理について相談を受けた際、本件溝への熱湯の流出およびパイプまたは蓋の設置を禁じたのみで、その外に熱湯の安全な排出方法について何らの指示もせず本件事故が発生してから急拠被告が当初から希望していた本件溝へのパイプの設置等を仮に認めているのであって、これらの措置、指導は余りにも形式に流れ、道路交通の安全面に対する配慮に欠ける点があったことは否定することができない。これを要するに、原告県係員の不適切な指示、指導が結果的に被告の事故防止の措置を懈怠ないし遅延させ、本件事故に到らしめたことになるのであり、右は原、被告間の本件事故に関する損害賠償義務の分担の関係において原告の求償権の行使を制限する要素として認めるのが相当である。そして前掲の各事実に温泉源の閉塞がその所有者に多大の経済的損失をもたらす点等を総合勘案すると、原告はその支払った損害賠償金の二分の一についてのみ被告に対し求償権を行使することができるものと認めるのが相当であって、この認定を左右すべき特段の証拠はない。

なお被告の負担部分については、原告は全費用を求償することができるのであるから、現実に支払った損害賠償金額の外、その支払日の翌日よりの法定利率による損害金を請求しうるものと解せられる。

三  被告はまた、本件事故に関し、訴外浅野智重の両親である訴外浅野信夫、同浅野ウメ子と和解し、同人らに対し金五五万円を支払ったので、本件事故に関しそれ以上の責任を負わない旨主張し、被告が浅野信夫外一名に金五五万円を支払った事実については当事者間に争いがない。しかしながら≪証拠省略≫によれば、被告による本件事故に対する損害の填補は、原告の本件損害賠償金の支払いとは独立に行なわれたものであることが窺われるから、被告が右和解金につき原告に対し求償しうるか否かは別論として、抗弁2の事実が原告の求償権の行使を妨げるとする法律上の根拠はこれを見出すことができない。

四  以上によれば、原告の請求は、被告に対し請求金額の二分の一である金五九万七、四二二円、およびこれに対する昭和四七年七月二五日から支払いずみまで民法所定年五分の割合による損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 平井和通)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例